芸能

宍戸錠の弟や娘・息子は現在何をしている?若い頃やほっぺの画像まとめ

昭和を代表するアクションスター宍戸錠さん梅宮辰夫さんに続いて天国へ飛び立ちましたね。そこで、宍戸錠さんの弟や娘さん息子さんは今何をしているのか調べてみました。

そして、宍戸錠さんの若い頃の二枚目画像やほっぺの画像をまとめましたので紹介します。

 

宍戸錠の弟とは?

宍戸錠さんの弟さんは郷鍈治さんです。

郷鍈治さんは、宍戸錠さんより早くに亡くられており、

1937年5月29日生まれ1992年9月11日に永眠されております。

 

本名は瀬川 鍈治といいます。

死因は、肺がんと言われています。発覚した時には末期だったのでしょう。

宍戸錠さんの弟さんが亡くなってからは、妻のちあきさんは芸能界を休止しそのままフェードアウトしたと言います。

 

郷鍈治さんの死去は相当ショックだったようで

火葬の際には棺にしがみつき「一緒に焼いて!」と号泣したと言われています。

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妻(嫁)との馴れ初めは?

郷鍈治さんの奥様は、「ちあきなおみ」さんです。

ちあきなおみさんは歌手であり女優の方です。二人は1978年に結婚されています。

トーク番組『ラブラブショー』にも出演。本名の宍戸から瀬川家へ婿入り、ちあきなおみさんの個人事務所を設立し社長兼マネージャー・プロデューサーになる。

俳優業は1980年代前半にひっそりと引退した。

 

生活の基盤とし喫茶店を『COREDO』を開店。業界人のたまり場として繁盛したようです。

 

ちあきなおみさんは昭和を代表する歌手で、ジャズ風の歌謡曲や演歌を得意としていました。その歌声は同じく昭和を代表する美空ひばりさんと並び評されるほどの実力でした。

 

宍戸錠の息子や娘について

宍戸錠さんは1992年に宍戸游子さんと結婚をしています。

お子さんは二人います。男2人の女一人のようです。

長女は史絵さん(紫しえ)長男は開さんです。次男に関しては一般人の為情報はありません。

娘さん、息子さんの写真です。

女優、俳優の息子さんだけあってとても整った顔立ちをされていますね。

 

宍戸開さんと宍戸史絵さんの学校について

宍戸開さんの情報はありましたが、宍戸史絵さんの情報はございませんでした。

 

宍戸開さんの出身校は、東宝中学校・高等学校卒業。玉川大学文学部芸術科演劇専攻中退

宍戸錠さんも日本大学芸術学部演劇科中退されてますので血は争えないことがわかります。

 

宍戸史絵さんは44歳の時妊娠して間もない時に子宮頸がんの告知を受けたそうです。

ごく早期なら治療を受けながら出産もできるが、がんは思ったより進行していた。「妊娠の継続は不可能です」手術を受けることになった病院で、医師から通達されました。

 

がんは進行しており、赤ちゃんごと子宮を全適するしかなく、「母親になるんだ」という幸福感から一転、絶望のどん底に突き落とされました。

 

「赤ちゃんがいないのに胸が張って、体は母親の準備万端でした。少し頭がおかしくなっていた」と当時を振り返っています。

 

宍戸錠さんとの不仲説という話題も上がっていましたが、そんなことはなくがんから復帰後は宍戸錠事務所のマネージャーとして仕事を再開させました。

 

そして52歳の時に里親になる決意をしたそうです。自分のような経験をした希望になれればとワンちゃんだけでなくお子さんとも暮らしていく人生を選択しました。

 

2019年12月25日のブログには、旦那さん、お嬢さん、わんちゃん4匹の写真と共に全員でサンタコーデした写真があがっておりました。

 

見るからに幸せそうな家族です。

 

とはいえ、里親になるには登録から始まり研修を経て、半年間の子供との交流期間を経て正式に決定するようで自宅で一緒に暮らすことになる迄には相当な期間を要したと話しています。

 

里子は「パパ」「ママ」「じーじ」と呼ぶようになり、宍戸錠さんもじーじになったばかりの時にかなしい報せだったんですね。

孫の顔を見ることができ安心して奥様の元へ行かれたのかもしれませんね。

宍戸錠の若い頃やほっぺの画像

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宍戸錠の経歴に関して

プロフィール

生年月日:1933年12月6日生まれ2020年1月21日86歳で永眠

血液型はB型。

所属は宍戸錠事務所。

大阪府桜宮出身

1966年に500平米の土地に邸宅を立てるも2013年2月4日に全焼。

原因は、古い電熱器のコードと言われています。

 

全焼の時は見舞い金がスゴイそうで、宍戸錠さんの時は、クラウンが2台買えるほどだったと言います。

テリー伊藤には若い頃ヤンチャをやりすぎてばちが当たったんだと言われていました。

 

出演した代表的な映画、舞台、ドラマ

渡り鳥シリーズ

ギターを持った渡り鳥(1959年、日活)

渡り鳥いつまた帰る(1960年、日活)

赤い夕陽の渡り鳥(1960年、日活)

大草原の渡り鳥(1960年、日活)

波濤を越える渡り鳥(1961年、日活)

銀座旋風児 黒幕は誰だ(1959年、日活)

昼下りの暴力(1959年、日活)

口笛が流れる港町(1960年、日活)

鉄火場の風(1960年、日活)

 

流れ者シリーズ

海から来た流れ者(1960年、日活)

海を渡る波止場の風(1960年、日活)

南海の狼火(1960年、日活)

大暴れ風来坊(1960年、日活)

太平洋のかつぎ屋(1961年、日活)

 

シリーズ敵役で人気になっていました。当時はエースのジョーと呼ばれています。

 

 

 

宍戸錠の奥さんについて

宍戸錠の奥様、宍戸游子さんについて

1933年旧満州大連に生まれます。学習院女子教養学園卒業。

1962年に宍戸錠と結婚。3人の子供を設ける。

 

1980年以降は、「クロワッサン」「婦人公論」等に論文・エッセイ等を多数発表。

著書に『主婦だってルネサンス』がある。こちらは娘史絵さんとの共同作品。

 

2010年がんのためお亡くなられました。

まとめ

宍戸錠さんの家族について紹介してきました。

かっこよく生きた漢の中の漢は振り返ってみても当たり前にかっこいいですね。

念願のおじいちゃんにも慣れて幸せに天国に行かれたことでしょう。

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